本記事はカツオ漁獲量ランキング|静岡・宮城の二強構造の姉妹編である。前記事では1位静岡(81,295トン)と4位宮城の二強構造と、上位5県で全国の70.8%を占める集中構造を扱った。本記事ではその裏返しにある 「漁獲ゼロ13県」 にフォーカスし、なぜそこではカツオが獲れないのかを地理的に深掘りする。
海面漁業生産統計調査(2015年確報)によれば、海に面しているにもかかわらず、あるいは沿岸環境を持ちながらカツオ漁獲量が 0トン と記録される県は13に上る。内陸8県は集計対象外として除外されるため、母集団39都道府県のうち実質的に 3割超 がカツオ漁から外れている。これらは偶然のばらつきではなく、黒潮ルート・内海地形・漁港インフラ という3つの要因で構造的に決まっている。
NOTE
本データは農林水産省「海面漁業生産統計調査」(2015年確報)に基づく。内陸8県(栃木・群馬・埼玉・山梨・長野・岐阜・滋賀・奈良)は海面漁業統計の集計対象外のため除外し、39都道府県を母集団とする。漁獲量は漁船の登録県に計上される「漁船所属県基準」である。
漁獲ゼロ13県の地理分類
下表は2015年に漁獲量0トンと記録された13県を、面する海域で分類したもの。同率27位タイで並ぶ。
| 地理区分 | 県名 | 該当数 |
|---|---|---|
| 日本海側 | 秋田・山形・石川・鳥取・島根 | 5県 |
| 瀬戸内海沿岸 | 大阪・兵庫・岡山・広島・香川 | 5県 |
| 有明海・八代海 | 熊本 | 1県 |
| 太平洋側(例外) | 岩手・茨城 | 2県 |
13県のうち 10県が日本海側または瀬戸内海 であり、共通項は 「黒潮の主流から外れている」 ことである。残る熊本は有明海・八代海という閉鎖性内海に面し、岩手・茨城は太平洋側にあるものの所属船団の構造で漁獲計上から外れる。以下、それぞれの地域がなぜカツオ漁から外れるのかを順に見ていく。
なぜ日本海側でカツオが獲れないか
日本海側でゼロを記録するのは 秋田・山形・石川・鳥取・島根 の5県。富山・福井もほぼゼロに近く、新潟(7位・10,750トン)を除けば日本海側はほぼ全滅に近い。
理由はシンプルで、カツオの主回遊ルートが太平洋黒潮ライン上にあるため である。カツオは熱帯海域で生まれ、春から夏にかけて黒潮に乗って房総沖→三陸沖→北海道沖へと北上し、秋に「戻り鰹」として南下する。これが日本のカツオ漁業の基本サイクルであり、太平洋岸の静岡・宮城・高知・宮崎が上位を独占する根拠でもある。
一方、日本海側を流れる対馬暖流はカツオ群の主回遊ルートではない。対馬暖流に乗って入ってくるカツオ群は限定的で、漁業として成立する規模に達しない。新潟県が7位(10,750トン)と日本海側で唯一上位に入るのは、佐渡沖から能登半島沖にかけて夏季に小規模な来遊群があり、これを獲る船団を保有しているためだが、これは日本海側の例外であって全体を代表しない。秋田・山形・石川・鳥取・島根の5県は、沿岸漁業の対象魚種が ハタハタ・ブリ・スルメイカ などに特化しており、カツオを獲るための一本釣り船・まき網船団がそもそも存在しないという産業構造的な要因も大きい。
なぜ瀬戸内海沿岸でも獲れないか
瀬戸内海沿岸でゼロを記録するのは 大阪・兵庫・岡山・広島・香川 の5県。愛媛は宇和海・豊後水道など外洋に面する部分でカツオを獲るが、それ以外の瀬戸内5県では完全にゼロである。
理由は 瀬戸内海が閉鎖性内海であり、回遊魚カツオの回遊路ではない ことに尽きる。瀬戸内海は本州・四国・九州に囲まれた内海で、外海との接続は紀伊水道・豊予海峡・関門海峡の3箇所に限られる。そのため大型回遊魚であるカツオが内海まで入ってくる頻度は極めて低く、入ってきても漁業対象として成立する密度にはならない。
瀬戸内海の主要漁業対象は イカナゴ・タイ・タコ・サワラ・カキ養殖 などで、内海の小型・定住性魚種に特化している。香川県のハマチ養殖、広島県のカキ養殖、岡山県のサワラ漁などはいずれも内海環境を活かした漁業であり、外洋回遊魚のカツオとは漁業構造が根本的に異なる。瀬戸内5県はカツオ漁の不在ではなく、別の漁業構造で成立しているというのが実態である。
熊本県(有明海・八代海)も同じ論理で説明できる。有明海は閉鎖性がさらに強く、ノリ養殖・アサリ・ムツゴロウなどの干潟漁業が主体で、回遊魚カツオの漁場ではない。
太平洋側なのにゼロの岩手・茨城
地理分類で異色なのが 岩手・茨城 の2県である。両県とも太平洋に面し、本来であれば黒潮・親潮の交差点や潮目に位置するため、カツオ漁の好条件を備えているはずだ。事実、岩手県の大船渡港・宮古港、茨城県の鹿島港・那珂湊港は重要な水産拠点である。
それでもゼロと記録されるのは、漁船所属県基準 という統計上の集計区分が原因である。本データは「漁船が登録されている県」で漁獲を計上するため、大船渡港や鹿島港で水揚げされても、入港した漁船が宮城県・千葉県・神奈川県などの所属であれば、それぞれの所属県に計上される。岩手・茨城の地元船はカツオ専門の遠洋・近海一本釣り船団を大規模には保有しておらず、サンマ・サバ・イワシなど他魚種を主漁場としているため、結果的に「県としての漁獲量」はゼロとなる。
つまり岩手・茨城のゼロは 「カツオが獲れない海」ではなく「カツオを獲る地元船団がない」 という産業基盤の問題である。日本海・瀬戸内のゼロが地理的構造によるのに対し、太平洋側2県のゼロは漁船保有構造に由来するという、性質の異なる2種類のゼロが混在している。
TIP
「漁獲ゼロ」は「海にカツオがいない」と同義ではない。岩手・茨城のように太平洋に面しながらゼロになるのは、地元漁船がカツオ専門の船団を持たない産業構造によるもの。地理的ゼロ(日本海・瀬戸内)と構造的ゼロ(太平洋側2県)は原因が異なる。
まとめ
- 漁獲ゼロ13県は 日本海5県・瀬戸内5県・有明1県・太平洋2県 に分類される
- 日本海側ゼロは 黒潮ルート不在 + ハタハタ・ブリへの漁業特化
- 瀬戸内海ゼロは 閉鎖性内海でカツオ回遊路ではない + イカナゴ・タイ・カキへの特化
- 太平洋側でも岩手・茨城がゼロなのは 漁船所属県基準の統計集計と地元船団の魚種特化 による
- 上位独占・中位周辺関与・ゼロ地理欠落の 3層構造 が日本のカツオ漁の地理を決めている
データ出典
- 農林水産省「海面漁業生産統計調査」(2015年確報)
- e-Stat 統計表 (分類「かつお」)
- 内陸8県(栃木・群馬・埼玉・山梨・長野・岐阜・滋賀・奈良)は海面漁業統計の母集団外として除外