「同じ病気でも、住んでいる県によって入院しやすい県としにくい県がある」──そう言われたら直感に反するでしょうか。けれども一般病床の病床利用率(平均してどれだけのベッドが埋まっているか)を都道府県別に並べると、その差は無視できない大きさになります。
2024年のデータでは、最も病床が埋まっている佐賀県が 82.4%、最も余裕のある福島県が 66.4% でした。同じ日本の医療制度の下で、ベッドの稼働状況には 16.0ポイントもの開きがあります。全国平均は 76.5% です。
利用率が高いほど「ベッドが足りない=医療逼迫に近い」と単純化されがちですが、実態はそう一筋縄ではいきません。この記事では、なぜ西日本に高い県が集まり、福島だけが唯一60%台なのかという問いを軸に、医療提供体制の地域差を読み解いていきます。
NOTE
病床利用率とは、一般病床の許可病床数に対して、実際に入院患者が利用したベッドの割合(年間平均)を指します。100%に近いほどベッドがフル稼働、低いほど空きベッドが多い状態を意味します。出典は厚生労働省「病院報告」で、本記事は2024年値を用いています。
全国の病床利用率はどう分布しているか
2024年の全国平均は 76.5% です。47都道府県は概ね70%台前半から80%台前半の帯に収まっており、極端な外れ値は多くありません。ただし上位・下位の顔ぶれを見ると、地理的な偏りがはっきりと現れます。
上位には佐賀県(82.4%)、福岡県(80.6%)、山口県(80.5%)といった九州・中国地方の県が並びます。一方、下位には岐阜県(71.4%)、茨城県(71.8%)、岩手県(71.9%)など、東日本の県が目立ちます。そして最下位の福島県(66.4%)は、47都道府県で唯一70%を割り込み、ただ一県だけ60%台という突出した低さです。
TIP
病床利用率は「需要(患者)÷供給(ベッド数)」で決まります。利用率が高い県は患者に対してベッドが相対的に少なく、低い県はベッドが相対的に多い、という供給側の事情も大きく効いています。「利用率が低い=医療が手薄」と即断はできません。
利用率が高い県と低い県を一枚で見る
まず上位5県と下位5県を実数で並べてみます。
トップの佐賀県は82.4%で、唯一の82%台です。続く福岡県80.6%、山口県80.5%、富山県80.2%、神奈川県79.9%が80%前後に密集しています。これに広島県(79.8%)、熊本県(79.7%)、沖縄県(79.7%)、大分県(79.4%)、群馬県(79.1%)を加えた上位10県を見ると、福岡・山口・広島・熊本・沖縄・大分という6県が九州・中国・沖縄に集中している点が際立ちます。富山県と群馬県、そして人口稠密な神奈川県が、例外的に上位へ食い込む構図です。
西日本に高利用率県が集まる背景には、これらの地域が人口あたりの病床数で全国上位に位置しながらも、高齢化の進行で入院需要が高止まりしている事情があります。ベッドが多いだけでなく、それを埋めるだけの需要も大きいという二重の構造が読み取れます。佐賀県のように人口規模が小さく、かつ高齢化が早くから進んだ県では、限られた病床に対して入院需要が継続的に発生するため、平均利用率が押し上げられやすいのです。九州・中国地方が帯のように上位を占めるのは偶然ではなく、人口構成と病床供給の地域差が重なった結果と言えます。
一方、下位側は様相が異なります。下から並べると福島県(66.4%)、岐阜県(71.4%)、茨城県(71.8%)、岩手県(71.9%)、愛媛県(72.0%)です。最下位の福島県は、その上の岐阜県とのあいだに 5ポイントもの段差があり、47都道府県で福島だけが孤立して低くなっています。岐阜から愛媛までの下位グループはいずれも70%台前半に張り付いており、福島の66.4%がいかに突出しているかが分かります。
利用率が低い=空きベッドが多いということは、需要(入院患者)に対してベッドの供給が過剰、あるいは患者が他県・他施設へ流れている可能性を示します。福島県の場合、震災後の医療提供体制の再編や人口減少の影響が背景にあると考えられます。利用率の低さが医療資源の余剰なのか、それとも患者の受け皿不足なのかは、病床数・在院日数のデータと併せて確認する必要があります。
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病床利用率の高低だけで「医療が充実している/逼迫している」とは判断できません。低利用率は(a)ベッドが余っている、(b)在院日数が短く回転が速い、(c)患者が県外へ流出している、など複数の要因で起こりえます。利用率は医療提供体制を読むための一つの指標にすぎず、福島が最下位だからといって「医療が手薄」と短絡するのは危険です。
医療逼迫の構造:利用率の高さは何を語るか
平時の病床利用率が高い県ほど、感染症の流行や災害といった急な入院需要の増加に対する余力(バッファ)が小さくなります。佐賀県のように82.4%が常態化していると、平常時にすでに8割以上のベッドが埋まっているため、有事に空けられるベッドの数が限られてしまいます。
一方で利用率が低すぎると、ベッドや医療スタッフが遊休状態になり、経営効率の面で課題を抱えることになります。医療提供体制は「高すぎず低すぎず」のバランスが求められる領域であり、全国平均の76.5%前後がひとつの目安と見ることもできます。福島県の66.4%は、有事のバッファという観点では余力がある一方で、平時の経営効率という観点では病床の活用度に課題を残しているとも読めます。同じ数字でも、どの立場から見るかで評価が反転するのが病床利用率という指標の難しさです。
NOTE
病床利用率は医療機関の経営指標であると同時に、地域の医療逼迫リスクを測る先行指標でもあります。新型コロナの流行期には、平時の利用率が高い都市部ほど確保病床のひっ迫が早く顕在化しました。平時の数字に余力があるかどうかは、有事の備えと直結しています。
医療提供体制の地域差をさらに掘り下げるには、病床数そのものや医療アクセスの指標と組み合わせて読むのが有効です。関連する地域差の分析は医療アクセスの地域差の記事でも扱っています。
利用率の地域差を読む複合要因
病床利用率を押し上げる需要側の主因は高齢化です。高齢者は入院の頻度が高く、在院日数も長くなりやすいため、高齢化率の高い地域では入院需要が構造的に高止まりしやすくなります。
ただし、供給側(人口あたり病床数)の影響も大きいです。西日本に高利用率県が多い背景には、これらの地域が比較的早くから高齢化が進んできた事情に加え、人口あたりの病床数が多い傾向が重なっていると考えられます。さらに、院外処方率の高低が入院期間に影響するという指摘もあります。利用率を正しく読むには、高齢化率・人口あたり病床数・平均在院日数の3指標を組み合わせて初めて、地域差の立体的な構造が見えてきます。
TIP
「利用率が高い県=高齢化が深刻」と短絡せず、ベッドの供給側(病床数)も併せて確認するのがコツです。同じ高利用率でも、ベッドが少なくて埋まっているのか、需要が多くて埋まっているのかで、政策的な意味合いはまったく異なります。
地域ごとの医療・福祉の総合的なプロフィールは、各都道府県のエリアページでも確認できます。利用率が最も高い佐賀県、最も低い福島県それぞれの背景を見比べると、需要と供給のバランスの違いが浮かび上がります。
- 佐賀県のエリアプロフィール: /areas/41000
- 福島県のエリアプロフィール: /areas/07000
まとめ
2024年の一般病床利用率は佐賀県82.4%(最も高い)と福島県66.4%(最も低い)で16ポイント開きました。西日本・九州に高利用率県が集まり、福島が唯一の60%台として孤立して低いこの構図は、高齢化・病床供給・在院日数という複数要因が地域ごとに重なり合った結果です。平時に利用率が高い県ほど有事のバッファが小さく、低すぎる県は経営効率の課題を抱えます。この数字を「入院しやすさ」と単純化せず、地域の医療提供体制の余力を測る複合的な先行指標として読んでほしいと思います。
データ出典
- 厚生労働省「病院報告」(2024年) — 一般病床の病床利用率
- e-Stat(政府統計の総合窓口)経由で整備。出典データはクリエイティブ・コモンズ(CC BY 4.0)に基づき利用しています