半導体ウエハー1枚の洗浄に必要な超純水は約30リットル。TSMC熊本工場では1日あたり約8,500m3、Rapidus北海道では将来的に1日1万m3超の工業用水が必要とされる。水が潤沢でなければ、最先端の製造業は成り立たない。
都道府県別の工業用水使用量を見ると、工場が「どこに、なぜ集まるのか」が見えてくる。出荷額が大きいのに水をあまり使わない県もあれば、出荷額の割に大量の水を消費する県もある。データから浮かび上がるのは、製造業の「業種構成」が水消費を決定づけるという構造だ。
工業用水量ランキング──千葉・山口・愛知がTOP3
1位は千葉県で約1,612万m3/日。京葉工業地域に集中する石油化学コンビナートや製鉄所が大量の冷却水・工程水を消費している。2位の山口県(約1,570万m3/日)は周南・下松地区の石油化学コンビナートが寄与し、製造品出荷額では全国17位にもかかわらず水使用量ではほぼ千葉と並ぶ。
3位は愛知県(約1,454万m3/日)。製造品出荷額では全国1位の約58兆円を誇るが、水使用量では千葉・山口に及ばない。自動車産業を中心とする組立加工型の製造業は、素材産業ほど水を消費しないためだ。
上位5県(千葉・山口・愛知・兵庫・岡山)で全国の工業用水量の約44.7%を占める。いずれも臨海工業地帯を抱える県であり、冷却水として海水を含む大量の水を必要とする重化学工業が集積している。
47都道府県の工業用水量ランキングをもっと見る工業用水量の地域分布──太平洋ベルトと瀬戸内に集中
タイルグリッドマップで工業用水量を可視化すると、太平洋ベルト(千葉・神奈川・愛知・三重・大阪)と瀬戸内海沿岸(兵庫・岡山・広島・山口)に濃い暖色が帯状に続く。戦後の高度経済成長期に臨海部に立地した重化学工業のコンビナート群が、現在も大量の工業用水を消費し続けている構図だ。
対照的に、奈良県(約5万m3/日)、山梨県(約11万m3/日)、鳥取県(約16万m3/日)など内陸県や人口の少ない県は水使用量が極めて少ない。奈良県の工業用水量は千葉県の約330分の1にすぎない。
水効率ランキング──少ない水で高い出荷額を実現する県
工業用水量が多い県が必ずしも製造業の「生産性」が高いわけではない。製造品出荷額を工業用水量で割った「水効率」(出荷額 / 水量)を計算すると、水の使い方に業種構成の違いが如実に表れる。
NOTE
水効率は、出荷額(2023年度)を工業用水量(2015年度)で除して算出しています。年度が異なるため参考値としてご覧ください。
水効率が高い上位は奈良県、山梨県、東京都、京都府、山形県。いずれも精密機械・電子部品・印刷業など、大量の水を必要としない組立加工型や知識集約型の製造業が主体だ。
一方、水効率が低い県は山口県、千葉県、大分県、北海道、岡山県。石油化学・鉄鋼・パルプといった素材産業が集積する県は、冷却や洗浄のプロセスで大量の水を消費するため、出荷額あたりの水消費が大きくなる。
注目すべきは滋賀県だ。工業用水量は約103万m3/日で全国24位と中位だが、製造品出荷額は約9.2兆円で全国15位。電子部品・デバイスや化学工業が立地しつつも、琵琶湖という豊富な水源を背景に効率的な水利用が行われている。
工業用水量 vs 製造品出荷額──水と生産の関係
NOTE
工業用水量は2015年度、製造品出荷額は2023年度のデータです。年度が異なるため、相関は参考としてご覧ください。
散布図の右上(水使用量が多く出荷額も大きい)に位置するのは愛知県・神奈川県・兵庫県など。これらは大規模な製造業が集積し、相応の水資源を消費している「大量生産・大量消費」型だ。
興味深いのは右下に外れる山口県と千葉県だ。水使用量はトップクラスだが、出荷額は中位にとどまる。これは石油化学・鉄鋼コンビナートのような素材産業が主体で、原料を加工して出荷するまでの付加価値が組立加工型に比べて小さいことを反映している。
逆に左上に位置する埼玉県・東京都・群馬県は、水使用量が少ないにもかかわらず出荷額が大きい。これらの県は、食品加工・精密機器・印刷業など水消費の少ない業種が中心であり、「水を使わない製造業」の典型といえる。
47都道府県の製造品出荷額ランキングをもっと見る工業用水量 vs 製造業付加価値額──真の生産性はどこに
製造品出荷額には原材料費が含まれるため、より「真の生産性」に近い付加価値額で見ると、出荷額散布図との差が際立つ。出荷額散布図(chart4)では愛知・神奈川・兵庫が右上に固まっていたが、付加価値額散布図(chart5)では愛知の突出がより明確になる一方、埼玉・静岡・群馬など内陸製造業の県が左上(少ない水で高い付加価値)寄りに移動する。山口県は出荷額・付加価値額いずれの散布図でも右下(大量の水・相対的に小さい出荷額/付加価値額)に位置し、素材産業の特性が一貫して現れる。
愛知県は付加価値額でも断トツの1位(約16.3兆円)だが、水使用量は千葉・山口より少ない。自動車産業の組立工程は水消費が比較的少なく、部品の加工精度と人的技能で高い付加価値を生み出す構造だ。
山口県は付加価値額が約2.2兆円(全国23位)にとどまるのに対し、水使用量は全国2位。素材産業は「大量の水を使って大量の素材を生産するが、1トンあたりの付加価値は低い」という特性を持つ。これは良し悪しではなく、サプライチェーンの川上を担うという産業構造上の位置づけの違いだ。
半導体時代の工業用水問題
工業用水量のデータは2015年度時点のものだが、2020年代に入り状況は大きく変わりつつある。
TSMC熊本工場(JASM)の第1工場は2024年末に稼働を開始し、1日あたり約8,500m3の工業用水を消費する。第2工場が完成すれば合計で1日約1.3万m3に達する見込みだ。熊本県の2015年時点の工業用水量は約75万m3/日(全国30位)であり、TSMC単独の水需要は県全体の約1.7%に相当する。
北海道千歳市に建設中のRapidus(ラピダス)は、2027年の量産開始時に1日1万m3超の超純水を必要とする計画だ。北海道は地下水が豊富で工業用水量も全国9位(約684万m3/日)だが、千歳周辺の取水能力が新たなボトルネックになる可能性がある。
半導体製造は通常の工業用水をさらに精製した「超純水」を使う。不純物を1兆分の1レベルまで除去した水は、ウエハー洗浄だけでなく薬液の希釈や装置の冷却にも不可欠だ。超純水の製造過程では原水の30〜50%が排水となるため、実際の取水量は使用量の2倍近くになる。
従来、工場立地の条件は「労働力」「交通アクセス」「用地」の3要素で語られてきた。しかし半導体・データセンターの時代には「水」と「電力」がこれに加わる。水資源の豊富さは、今後の製造業誘致における決定的な差別化要因となりうる。
まとめ
都道府県別の工業用水量から、製造業の立地と水資源の関係を分析した。
工業用水は目に見えにくいインフラだが、製造業の血液ともいえる存在だ。太平洋ベルト・瀬戸内海沿岸に集中する素材産業は、海水を含む大量の工業用水なしには成り立たない。一方、内陸の組立加工型・精密機器型の製造業は少ない水で高い出荷額を実現している。半導体の新工場立地が加速する2020年代、水資源の確保は「あって当たり前」から「戦略的に確保すべき資源」へと位置づけが変わりつつある。
データ出典
本記事のデータはe-Stat(政府統計の総合窓口)を基に作成しています。