「ITエンジニアの求人は、結局のところ東京に集中している」——転職を考えたことがある人なら、一度は感じたことがあるはずです。この実感は、産業規模のデータではっきりと裏づけられます。内閣府「県民経済計算」をもとにした2020年度の情報通信業の県内総生産を見ると、東京都は約12.8兆円(127,737億円)で群を抜いています。最下位の鳥取県は582億円で、その差は実に約219倍にのぼります。
これは47都道府県の指標の中でも極端な一極集中です。本記事では、IT産業がどれほど東京に偏っているのかを可視化し、なぜそうなるのかを発注構造から掘り下げたうえで、その偏りが地方在住エンジニアのキャリアにとって何を意味するのかを考えていきます。
NOTE
データは内閣府「県民経済計算」における情報通信業の県内総生産(名目、2020年度)です。県内で生み出された付加価値の総額で、企業の本社機能が東京に集中していることが数値に強く反映されます。
IT産業の県内総生産ランキング — 東京が突出
上位は東京都(127,737億円)、大阪府(21,761億円)、神奈川県(20,042億円)、愛知県(12,958億円)、福岡県(10,245億円)です。2位の大阪ですら東京の6分の1以下で、東京の突出ぶりが際立っています。下位は鳥取県(582億円)、高知県(730億円)、徳島県(748億円)と続きます。
分布の中位(24位)は栃木県の1,665億円です。多くの県は数百〜数千億円の帯に集まる一方で、その中位県ですら東京とは約77倍の差があります。上位数県だけで全国の大半を占める、典型的な一極集中型の分布です。地元の市場規模だけを頼りにする限り、大多数の県のエンジニアは構造的に不利な側に置かれてしまいます。
上位5県の顔ぶれにも意味があります。東京・大阪・神奈川・愛知・福岡は、いずれも大企業の本社や地方ブロックの中枢機能が集まる都市圏です。逆に下位の鳥取・高知・徳島は、人口規模が小さいうえに大手IT企業の開発拠点を引き寄せる発注元が地元に乏しい県です。つまりこのランキングは、IT産業そのものの良し悪しというより、「クライアントがどこにいるか」の地図をほぼそのまま映し出していると読めます。同じ労働・賃金カテゴリの他の指標と並べても、これほど一県に偏る分布は珍しいものです。
なぜここまで一極集中するのか — 本社機能と発注構造
IT産業が東京に集中する最大の理由は、企業の本社機能と発注元(クライアント)が東京に集まっているからです。システム開発は発注元の近くに開発拠点を置く慣行が根強く、結果として大手IT企業・元請けが東京に集積します。地方の事業所は、その下請け・受託の位置に置かれやすくなります。
これは値の連なり方にも表れています。東京12.8兆円に対し2位の大阪は2.2兆円と一気に6分の1以下へ落ち、京都府14位(2,897億円)、沖縄県19位(1,844億円)といった地方の中核県でも東京とは2桁の差があります。県内総生産は「事業所がどこに立地するか」を測る指標ですから、発注の起点が東京にある以上、地方が上位に来る余地は構造的にありません。だからこそ、地元の求人だけを見ていると選択肢は驚くほど限られてしまいます。
WARNING
ただし「IT産業の規模が小さい県=エンジニアが活躍できない県」ではありません。県内総生産はあくまで“その県に立地する事業所”が生み出した付加価値であり、リモートワークで都市部の企業に所属すれば、住む県の産業規模とは無関係に働けます。一極集中は「物理的な勤務地」に縛られたときにだけ効く制約です。
一極集中は「移住」ではなく「接続」で乗り越えられる
ここで重要なのは、この一極集中が本当に不利に働くのは、勤務地を物理的に東京へ置けない場合に限られるという点です。
産業が一カ所に集まること自体には本来メリットがあります。案件・人材・情報が密集し、知識交換やキャリア機会が増えます。問題は、そのメリットが長らく「東京に住む人」だけのものだった点にあります。その前提を崩したのがリモートワークの普及です。県内総生産という「立地ベース」の地図で東京に集まった案件や情報へ、オンラインのコミュニティ・勉強会・実務のやり取りを通じて地方からでも接続できるようになりました。集積のメリットを「移住」ではなく「接続」で取りに行けるのです。
しかも移住という手段は、いまやむしろ費用対効果が下がっています。都心の高い家賃・長い通勤・生活コストの上昇が、年収増の多くを相殺してしまうからです。一方で、案件・人脈・最新情報という集積の核心は、リモートの実務やオンラインの場を通じて地方からでも届きます。「物理的に東京にいないと得られないもの」は年々小さくなっています。
リモート前提なら、産業の集積地図と「自分が働ける場所」の地図を一致させる必要はありません。集積が東京にあっても、その仕事へアクセスする回線は全国どこにも引けます。地方在住エンジニアの現実的な戦略は、「東京に住む」でも「地元に閉じる」でもなく、生活コストの低い地域に住みながら東京の企業・案件にフルリモートで接続する“いいとこ取り”です。求人を探す際も、居住地不問のフルリモート求人に絞れば、一極集中というハンデは実質的に無効化できます。
都道府県別テレワーク実施率ランキングも見るTIP
このランキングを読むときは「産業がどこに立地するか(県内総生産)」と「自分がどこから働けるか(勤務形態)」を分けて見るのがコツです。県内総生産の地図は本社・元請けの所在地に強く引っ張られますが、フルリモート求人に絞れば、その地図の上位・下位はあなたの選択肢の広さと直接は連動しません。一極集中の数字に圧倒される前に、まず「居住地不問」の条件で求人を数えてみると、体感とのギャップが見えてきます。
この発想の転換は地方創生の文脈でも意味を持ちます。優秀なエンジニアが地方に住みながら都市部の高単価案件に従事すれば、その所得は居住地の地域経済に還流します。東京に一極集中した産業の果実を、個人のキャリア選択を通じて全国へ再分配しうるということです。
データ出典
- 内閣府「県民経済計算」(e-Stat 統計データ、2020年度)
- 情報通信業の県内総生産(名目)。企業の本社機能の立地が数値に強く影響します